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大阪高等裁判所 昭和54年(う)645号 判決

被告人 稲倉睿

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人花房秀吉、同原滋二連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官青木義和作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中一の(一)の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人と原判示各児童との間の雇用契約は、いずれも各児童の親権者など法定代理人の同意を得て締結されたものではないから、右雇用関係は、児童福祉法三四条一項九号にいう「正当な雇用関係」に当たらない旨判断しているが、右条項にいう「正当な雇用関係」に当たるか否かは、民法、労働基準法等関係法規に抵触するかどうかにより決すべきであつて、児童の法定代理人の同意の有無により決すべきではないものと解すべきであるところ、労働基準法五八条一項は、「親権者又は後見人は、未成年者に代つて労働契約を締結してはならない。」と定め、未成年者の労働契約に法定代理人が介入することを禁じているから、被告人と原判示各児童との間の雇用契約が法定代理人の同意を得ないでなされたからといつて、右雇用関係が民法、労働基準法等関係法規に抵触するとはいえず、従つて、これに反する判断をした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある、というのである。

しかしながら、労働基準法五八条一項は、労働契約の特殊性と未成年者保護の観点から親権者又は後見人が未成年者に代つて労働契約を締結することを禁じ、その範囲内で代理権を制限したもので、民法四条の原則までも変更したものではなく、未成年者が労働契約を締結する場合には、民法四条の原則に則り法定代理人の同意を得なければならないことはいうまでもなく、被告人と原判示各児童との間の雇用契約は、いずれもその親権者など法定代理人の同意を得ていないことは証拠上明白であるから、その契約の成立自体に民法上の瑕疵が存し、右各雇用関係は児童福祉法の右規定にいう「正当な雇用関係」に当たらないものといわなければならず、これと同旨の判断をした原判決には所論のような法令解釈の誤りは存しない。論旨は理由がない。

控訴趣意中一の(二)の主張について

論旨は、要するに、児童福祉法三四条一項は、児童保護のための禁止行為を列挙した規定であるから、右条項の九号にいう「児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる」行為は、右条項の一号ないし八号に列挙された禁止行為と同質のものでなければならないと解すべきところ、原判示児童Cに照明係の業務を、原判示児童A及びBにウエイトレスの業務をそれぞれさせることは、右条項の一号ないし八号に列挙された禁止行為と明らかに異質であつて、右条項の九号にいう「児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる」場合に該当しないのに、原判決はこれに反する判断をしているから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある、というのである。

そこで、検討するのに、児童福祉法三四条一項の一号ないし九号は、児童の福祉を著しく阻害する行為を児童保護のための禁止行為として規定したものと解すべきであるから、右条項の九号にいう「児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる」ことも、右条項の一号ないし八号の禁止行為と異質のものではないことは所論のとおりであるところ、関係証拠に基づき原判示各児童の業務の実態を検討してみるのに、原判示児童Cは、原判示のような各シヨーが実演される間、照明係として右各シヨーを見ざるを得ない業務に従事していたものであり、原判示児童A及びBは、原判示ゴーゴーシヨーが実演される間、右シヨーが目に入る客席で来客に対する酒食の提供や接待などの業務に従事し、その際、客から乳房や臀部等に触られたりしていたものと認められるから、右各児童が右各業務に従事することは、精神面、情操面の発育未成熟な右各児童の心身に有害な影響を与える行為といわざるを得ず、従つて、右各児童を右各業務に従事させることは、右条項の一号ないし八号の禁止行為と異質のものではなく、右条項の九号にいう「児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる」場合に該当するものといわなければならないから、これと同旨の判断をした原判決には所論のような法令解釈の誤りは存しない。本論旨も理由がない。

控訴趣意中一の(三)の主張について

論旨は、要するに、原判決は、児童福祉法三四条一項九号にいう「自己の支配下に置く」とは、児童をその意思を左右し得る状態に置くことであると解し、本件では被告人は原判示各児童を自己の支配下に置いたものというべきである旨判断しているが、右条項にいう「自己の支配下に置く」とは、児童を心理的有形的ないし暗示的に抑制して支配者の意思に従わざるを得ない立場に立たせ、よつて自己の支配より脱出することを防止するような方法で自己の管理下に置くことであつて、通常の雇傭関係における勤務の拘束性を超えて児童の意思を抑圧する場合でなければならないものと解すべきであるのに、原判決の論理からすれば、右の程度に至らない場合でも右条項にいう「自己の支配下に置く」場合に該当することになつて不当であるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈の誤りがある、というのである。

そこで、検討するのに、児童福祉法三四条一項九号は、正当な雇用関係に基づかないで児童を自己の支配下に置く場合の処罰規定であるから、右条項にいう「自己の支配下に置く」とは、児童をその意思を左右し得る状態に置けば足り、それ以上の要件を必要とするものではないと解すべきであるところ、関係証拠に基づき被告人と原判示各児童との間の雇用関係の実態を検討するのに、原判示児童中、A及びBは終始自宅から通勤し、Cは従業員寮に居住する前一か月位の間は自宅から通勤していたものであり、給料は日給制であり、雇用契約は右各児童の意思でいつでも破棄できる状況にあつたとはいえ、一応勤務時間、勤務内容及び報酬の定めがあり、一旦右各児童が当日の業務に就いた以上は、被告人もしくはその指示に従つて従業員を監督する立場にあつた山本恒二の監督下に入り、無断外出はもとより、原判示シヨーが行われている間は一定の部屋から外部へ出ることを禁じられており、無断欠勤、遅刻、早退も禁じられ、遅刻、早退をした場合には給料から相応分を差し引かれることになつていたことが認められ、右認定事実によれば、被告人は、少なくとも右各児童をその勤務時間中その意思を左右し得る状態に置いたもの、即ち、自己の支配下に置いたものと認めるのが相当であり、右条項にいう「自己の支配下に置く」とは、右の如く勤務時間中自己の支配下に置く場合をも含むものと解すべきであるから、これと同旨の判断をした原判決には、所論のような法令解釈の誤りは存しない。本論旨も理由がない。

控訴趣意中二の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人は労働基準法一一一条後段により原判示各児童の戸籍に関し無料で証明を請求することができたのであるから、右規定に基づいて原判示各児童らの年令を確認し得たものと解せられ、単に、児童の服装、体格等の外観によつて判断しただけでは原判示各児童の年令を知らなかつたことにつき過失がなかつたとはいえない旨説示し、右の点につき被告人に過失があつた旨認定しているが、原判示児童Cについては、雇用後一年余り行動を共にした同僚でさえも同人が二一、二才であると信じて疑わなかつたばかりか、被告人の別件である公然わいせつ等被告事件につき同人を参考人として取り調べた警察官でさえ同人を一八才未満とは見抜けなかつたほどであり、原判示児童A及びBは、被告人が面談した際高校生とは到底思われない服装や化粧をしていたのであるから、被告人が原判示各児童と面談した際、各児童が一八才未満であることを予見することは不可能であつたし、被告人のような通常の事業主に労働基準法一一一条後段の規定を知ることを期待するのは無理であるから、前示被告人の過失を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、本件のような業務に従事することを希望する児童らが、その希望を遂げるため年令を偽つて就職することは容易に予想し得るところであつて、そのような児童の年令は、本人の供述、身体の外観的発育状況、服装、化粧等のみによつては確認し得ないはずであるから、このような児童を雇い入れるに際しては、さらに、客観的資料として、戸籍謄、抄本若しくは証明書を児童に提出させるか自ら取り寄せをし、または父兄等について正確な調査をするなど通常とり得る方法を尽くして児童の年令を確認すべき注意義務があるものと解すべきであるところ(なお、労働基準法の右規定により戸籍に関する証明を請求できることは戸籍事務管掌者に問い合わせることにより容易に知り得るところであるし、戸籍法に基づき戸籍謄、抄本の取り寄せができるのは周知のことである。)、被告人は、原判示各児童を雇用するに当たりその年令確認について右のような方法を尽くさなかつたのであるから、被告人には原判示各児童の年令を知らなかつたことにつき過失が存するものといわなければならない。本論旨も理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 兒島武雄 角敬 角田進)

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